この光景は?俺はまた奇妙な光景にその身を置いていた。

そこは正真正銘の闇の中、再び俺はそこの空気の一部となっていた。

暫くすると、目が慣れてきたのか闇の中ぼんやり浮かぶあるものが見えてきた。

(不恰好なものだ・・・)

頭が覚醒しないのか今見えたものに場違いな感想をもらす。

それは・・・十字架の形に貼り付けされた人間だった。

しかし、俺がそれを不恰好と評したのはそれを拘束しているのが、六つの石膏のような物だった。

顔・胴体・右腕・左腕・腰そして両足首・・・それによって、身体は完全に拘束されていた。

(また六つだ・・・)

六つの遺産・・・

六つの封印・・・

六つの拘束・・・

六つの魂・・・

六つの・・・

(・・・わ・・・・我が・・・子・・・達・・・よ・・・・)

その時声が脳裏に響いた。

地の底から響く、重く威圧感に満ちた声・・・

身体がすくんで全く動かない。

今まで死徒二十七祖やら得体の知れない化物とやりあったがこんな威圧は初めてだ。

まるで神の前に・・・神?

(お呼びでございますか?)

だが俺の思考は別の声によって阻まれた。

何時の間にかその十字架の前に畏まる複数の人影が現れた。

(・・・時空の調停者と・・・空間の覇者が・・・己が使命を全うした・・・)

(して寄り代は?)

更に別の声が掛かる。

(時空との・・・接触の・・・際に己の高みに・・・気付いた様だ・・・)

(では、未だ我ら宿念の成就は・・・)

(なんと・・・まどろこしき事よ・・・)

(慌てるな、我らは永きにわたる迫害に耐え今日に辿りついた。今更苦痛ではあるまい・・・待つのは)

(そうでしたね・・・私達は宿念の成就に永き・・・永き時を待ちました。それがいよいよ間近に迫っているのです。もう少し位待ちましょう)

(左様・・・わし等にはまだまだ時はある。これが駄目ならまた永き時を待てば良いだけの事、何を慌てる事があろうか)

(そうでしたな・・・)

(我が子達よ・・・寄り代の高みを更なる領域に上げよ・・・全てはお前達の復讐の為に・・・)

(御意)

(そして・・・)

(なによりも・・・)

(我らが・・・)

(神の・・・)

(ご降臨・・・)

(ただそれだけの為に!!!)

その言葉と共に全ては再び暗黒に落ちていく・・・

(あれは何だ?)

呆然とした頭にやっとそんな疑問を感じた。

しかしその疑問すら直ぐに、襲ってくる睡魔によってかき消され・・・意識は再び沈んでいく・・・







「ん?・・・ふわぁぁぁ・・・良く・・・寝たのか?時間は・・・朝の五時・・・」

目の覚ました俺はまだ薄暗い室内で備え付けの時計を眺めると静かに苦笑した。

しかし、考えれば昨夜寝たのは九時頃、実質八時間は寝た計算だ。

良く寝たといえば良く寝たと言えるだろう。

「さてと・・・」

俺は静かに起き上がると、シャワールームに入った。

昨夜は鳳明さんとの話が終ると、とっとと寝てしまった所為で、身体がなんだかべとべとして気持ち悪い。

特に潔癖症と言う訳でもないが、風呂に入らないとなんだか気分が落ち着かなかった。

シャワーを浴びながら俺はふと考えた。

(夢でも・・・見たかな?)

別に確信があったのではない。

深く寝た気もするし何か夢を見たような気もする・・・ただそれだけだ。

それだけか?何か重要な事を忘れている。

(マダ・・・オモイダス・・・トキジャアナイ・・・)

「えっ?」

ふと周囲を見回す。

もちろん誰もいる筈が無い。

ここには俺以外誰もいないのだから・・・

「しかし・・・今のは・・・」

声と言うよりも頭に文字が直接浮かんだと言うべきかもしれなかった。

「まあいいか・・・」

やはり少し疲れているのかも知れない。

俺はいとも容易く考える事を放棄していた。

そして、バスローブを着て、もう一眠りしようと部屋に戻るとそこには

「あっ志貴起きてたんだ。おっはよー」

「おいこら・・・」

俺は頭痛を覚えた頭を抱えて、さもここにいるのが当然とばかりにいる、わがままお姫様に近寄った。

「なんでお前がここにいるんだ?アルクェイド、更に言えばどうやってここに入った?」

記憶が確かならここのドアは夕べ直ぐに鍵を閉めたはずだ。

「えーっとボーイの人に案内してもらった」

「・・・」

俺はその言葉で全てを理解した。

案内してくれたと言っているがこんな朝早く、ノックもせず客人を入れる筈が無い。(シャワーの音でかき消された可能性もあるが、それでも一声掛けるだろう)

となれば魔眼で操ったのだろう・・・

「お前な・・・あれほど無関係な人を操るなと言っているだろう。それと先輩、ここは屋敷じゃあないんですから喧嘩とかしないで下さい」

「何言っているんですか七夜君、そんな事しないに決まっているじゃないですか」

じゃあ、なぜカソックの服を着て黒鍵の準備万端なんですか?

「あと秋葉、何故人の寝ていたベットに入り込もうとしている?」

「なっ!何言っているんですか!!そんな事する訳無いでしょう兄さん!私をあの身確認あーぱー生物等と一緒にしないで下さい!!」

秋葉・・・そう言う事は、そのにやけ切った顔と、片足だけ突っ込んだ今の状態、それをどうにかしてからにしろ。

「はぁ〜翡翠、琥珀さん・レンそれに沙貴、ごめんなこんな朝早く」

「いえ・・・そんな・・・志貴様おはようございます」

「志貴さんおはようございます」

「・・・おはようございます志貴さま」

「兄様、おはようございます」

「それでだ、皆こんな朝早くからどうしてここに?」

「私が説明します。実は・・・」







話は三十分程遡る。

志貴の泊まっているホテルにあからさまに怪しい人影があった。

秋葉である。

実は昨日の志貴への処遇はお仕置きであると同時に秋葉の作戦でもあった。

志貴は昨夜お握り一つしか食べていない。

そうなればいかに小食の志貴でも朝は空腹に違いない。

そこに自分が差し入れを行い、尚且つ優しい言葉でも掛け、更には女性らしい所を見せ付ければ、志貴は自分に傾くに違いないと。

その為に彼女はこんなまだ夜も明けないうちから自分達が宿泊しているホテルを抜け出し、志貴の宿泊しているホテルに向かったのだった。

秋葉がこのような真似をするのには理由がある。

あの事件から三年経ち、今日の状態からは二年半経つ。

無論の事だがアルクェイドを初めとした六人は少しでも志貴に自分を気にして貰おうと、様々なアピールやアプローチを行ってきた。

特に志貴が七夜性に戻り、名実共に他人となった事で秋葉のアプローチは他のメンバーに比べ苛烈だった。

しかし結果としては、未だに志貴は誰かを特定の恋人として見ている訳ではなく、無意味に時間が過ぎていった。

しかも、先日には自分以外に志貴を兄と呼び慕う沙貴まで現れ、競争相手がまた一人増えたのだ。

その焦りが今回のある意味暴走に結びついた訳だが・・・

「ふふふふ・・・他のお邪魔虫はまだぐっすり眠っているし、今回こそは私が兄さんと二人っきりで・・・」

勝利を確信しながら秋葉は、志貴の宿泊している部屋に一歩ずつ接近していた。

志貴の部屋の鍵は既にホテルから入手済み(強奪とも言う)、志貴に差し入れるお弁当は自分の手で作り終えている(ちなみに料理の腕は壊滅的に上がっていない)。

そして、遂に部屋の前に辿り着きいざ扉を開けようとした瞬間

「秋葉様」

「ひっい!!」

「秋葉様だめですよ〜、大声あげちゃあ、ここは公共のホテル何ですから〜」

「そうですよ秋葉さん」

「な、なに・・・」

「しーーーーっですよ」

秋葉が驚いたのも無理は無い。後ろには何時の間にか翡翠・琥珀、シエルが立っている。

「秋葉様、この様な夜更けに、どうされたのですか?」

「どうって・・・それよりも翡翠!琥珀!あなた達こそ何をしているの!!」

「私は志貴様が御空腹かと思われまして・・・その・・・サンドイッチをと・・・」

「はい〜私もご朝食をと思いまして〜」

「何言っているんですか琥珀さん翡翠さん、七夜君は夕べほとんど食べていないんですよ。ですからカレーのようなスタミナのつくものが一番良いに決まっています」

その瞬間秋葉は悟った。

こいつらも狙いは同じだと。

「悪いけど兄さんの朝食はもう私の方で用意しているの。あなた方はお呼びじゃないのよ。さっさとホテルに戻って寝ていなさい」

「秋葉様失礼ですが・・・」

「お料理の方は成長なされたのですか?」

「いいえ、秋葉様の料理の腕は全く成長なされていません。あの翡翠ちゃんですら、きちんと食べられる物を作れる様になったのに」

「姉さん・・・」

そう、元々翡翠に関しては味覚が多少ずれているだけで、料理を作ろうと思えば作ることが出来た。

三年前までは、自身の身の程を弁えていたので自ら進んで厨房に入ろうとはしなかったが、志貴が帰って来てからというもの、少しでも志貴に自身の手作り料理を食べてもらいたいの一心で琥珀に料理を教わった。

それでも、最初の頃はそれはひどい(味の方が)料理を志貴に出したものだった。

しかし今では、まだ姉の変わりに厨房を任せる程ではないが、質素で素朴な料理であれば翡翠は作れる様になったのだ。

またアルククェイドも、最初こそは酷かったが、睡眠中に培った知識を最大限に発揮し短期間でめきめき上達して、今では琥珀顔負けの料理をも作れる。(また、秋葉に内緒でアルクェイドが料理をしている時もある)

レンは論外として秋葉の腕はと言うと、全くと言って良いほど進歩は見られなかった。

その上、質の悪い事に秋葉はそれを自覚せず厨房に入り、料理もどき(実際には毒物)を作っては志貴に食べさせ「美味しい」の一言を言わせようとしているのだ。

結果はと言えば、それを言う前(と言うか一口で)志貴は三途の川一歩手前に踏み込む結果となっている。

(最高記録では志貴は危うく彼岸を渡りかけたとか・・・)

「秋葉さん、今度は七夜君を本気で毒殺する気ですか?」

「なっ!!確かに味は少し悪いかもしれませんけどその辺は私のあなた方と比べ物にならない愛情でカバーしています!!」

「秋葉様、志貴様を思っていられるのでしたら、むしろ料理を作らない方が志貴様の為です」

「あはは〜翡翠ちゃんも言う様になりました〜」

「なんですって・・・」

「翡翠の意見にさんせ〜い!!」

「あの・・・レンさん、秋葉さんのお料理って・・・そんなに?」

「あれはもう料理ではありません。一種の兵器です」

「なっ!!・・・あ、貴女達まで・・・」

翡翠のきつい意見に切れそうになった秋葉だが、更にきつい言葉を言いながら新たに現れたアルクェイド・沙貴・レンに目を剥いた。

更に言えばうつろな視線のボーイがその三人を連れており、そのボーイは志貴の部屋を開けると

「もう良いわよ、お疲れ様」

アルクェイドの声で、そのままの視線とおぼつかない足取りでその場を後にした。

「ア、アルクェイド!!貴女一体何やらかしやがったんですかっ!!!」

「シエル、静かにでしょ」

「うっ・・・アルクェイド、あなたあのボーイを魔眼で操りましたね!」

ここがどこかを思い出し咄嗟に声を低めてアルクェイドに詰め寄った。

「だってさーあのボーイ、いくら言っても志貴の部屋の鍵を渡そうとしないんだもの。だからさ〜」

「"だからさ〜"ではありません!!全くこ〜のアーパー吸血鬼が!!」

「むっ、何よその言い分は?」

「兄様・・・失礼いた」

「「ちょっと待て!!」」

その様な口論の隙を突くように室内に入ろうとした沙貴に、アルクェイド・シエルのコンビは息の合った声でそれを阻止する。

「・・・なにやっているの?」

「全くこんな所にも泥棒猫がいるなんて思いませんでした」

「全くね」

「沙貴様・・・」

「それは反則ですよ〜」

「・・・・・・」

「ううぅ・・・で、ではこうしましょう。兄様にどなたの料理を食べてもらいたいのか選んでいただくと言うのは?」







「・・・それで全員でここに入ったのですが・・・兄様?どうなさいました?顔色が悪いですが・・・」

沙貴・・・それはして欲しくなかった・・・

まだ全員分食べろと言われた方がましだった・・・

この先の暗い未来を思い浮かべながら辺りを見渡すと、全員同じ視線で俺を見ている(当然私の料理をたべてくれますよね?)・・・

それでも俺は最後の望みを掛けて

「あのさ・・・俺」

「志貴様失礼ですが」

「皆の分を食べるなんて」

「そんな八方美人の典型とも言える」

「ふざけた台詞を吐いたら」

「ただじゃあ済まないわよ」

「・・・と言う事です」

翡翠から始まり琥珀さん・秋葉・先輩・アルクェイド、そしてレンとぐるりと回っての台詞に俺はがくりと肩を落とした。

(逃げたい・・・)

「兄様、警告ですが仮に逃亡などと言う方法を取られた際には、ご無事に日本に帰る事が出来るかどうか、分かりかねない事になります」

びくっとした俺が思わず沙貴を見ると、何時の間にか沙貴が『破壊光』を両手に纏っている。

全員顔は笑顔でも、眼は少しも笑っていない。

それどころか、どす黒い炎を纏っているのを見た気がした。

諦めるしかない・・・進むも地獄(選ばれなかった者達の八つ当たり・・・)、退くも地獄(文字通り地の果てまで追いかけられる)だとしても・・・

「・・・で皆一体何を持って来たの?」

俺のその疲れきった言葉に皆は笑顔になると

「志貴見て見て〜」

「七夜君私の特製カレーです」

「兄さん私の愛情たっぷりのお弁当です」

「志貴様・・・どうぞ」

「あはは〜志貴さんこちらを」

「志貴さま・・・これ」

「兄様、どうぞ」

と、一斉にお弁当やらサンドイッチやらを出して来た為、

「ああ、待て待てそんなに一度に出されても無理だから、取りあえずテーブルに置いてくれ」

俺がそう言って、一つずつ中を確認しだした。

「えーっと、この豪勢な弁当は・・・アルクェイドか・・・」

「へへ〜どう?」

「・・・頼む、このそぼろの『LOVE』の文字は勘弁してくれ」

おそらく琥珀さん辺りに仕込まれたのだろうが・・・

「次は・・・あの先輩、朝からカレーは少しきつ過ぎませんか?」

「何言っているんですか?これは七夜君の事を考えてのシエル特製スタミナカレーです」

「はあ・・・ありがとうございます。さて続いて・・・秋葉一つ聞いてもいいか?」

「はい兄さんなんでも聞いてください」

「・・・この物体・・・地球上の食料で作ったのか?」

もしそうならこれはこれで一つの才能だ。

「兄さん!!それはどういう意味ですか!!」

「言ったままの意味よね〜志貴?」

「ま、まあそれはそれで置いといて」

「・・・兄さん、後でしっかりと説明してもらいますよ」

「えーっと翡翠のは・・・サンドイッチか・・・随分と上手くなったよね翡翠も」

「はい・・・」

俺の言葉に翡翠は頬を染めた。

「さてと次は琥珀さんか・・・うんやっぱりお見事だね。で一つ質問だけど」

「はいはいなんでしょうか?志貴さん」

「・・・一服盛ってないよね」

「志貴さんいやですよ〜そんなに毎回毎回、盛る訳無いじゃあないですか〜」

「そ、そうだよなー」

琥珀さん・・・視線を逸らさないで・・・おまけに冷や汗垂らさないでください。

「次はレンだな・・・レン?これって・・・キャットフードだよね」

「・・・はい」

そうレンが差し出したのは紛れも無くキャットフードだった。

「・・・い、一応人も食えるからな・・・はははは・・・」

俺は数秒絶句した後、乾いた笑い浮かべる事しか出来なかった。

「最後は沙貴だな・・・ん?この匂いは・・・」

「はい♪兄様の大好きな物をご用意しました」

おれは漂ってきた匂いに懐かしさを覚えると沙貴は嬉しそうにそれを出した。

ほかほかふかしたてのふかし芋だった。

「沙貴!!お前覚えていたのか!!」

「当然です」

懐かしげにそれを手に取った。

「そう言えばお前のふかし芋は本当に美味かったからな・・・一口いいか?」

「はい、どうぞお食べ下さい」

「・・・うん、味もあの頃のままだ沙貴、美味いよ」

「本当ですか?良かった・・・」

そんなほのぼのとした空気も直ぐに、かき消される事となった。

「「「「「「むーーーーーーーーっ」」」」」」

後ろから、アルクェイド達の嫉妬に満ちた声が聞こえてきた。

「兄さん、決定していないのに食べるのは行儀が悪過ぎますよ」

秋葉のそんな理不尽な声が聞こえる。

しかし、俺も負けじと言い返した。

「ああ、それなら大丈夫。今朝は沙貴のこれを食うから」

「「「「「「ええーーーーーーー!!!!」」」」」」

俺がそう宣言すると一斉にホテル全体を揺るがすほどの絶叫が上がった。

普通ならこれで抗議が殺到すると思うのだが、どうも前もって先輩が結界を張ったらしい。

これだけの大声にもかかわらず、両隣の人間が起きる気配は無い。

「志貴!!なんでそれにするのよ!!」

「七夜君!!理由は!!」

いきなり先輩とアルクェイドが突っかかる。

「理由は簡単。久しぶりにこれを食いたいから。子供の頃から好きだったんだよ。沙貴がふかした芋」

そう言いながら、更に一口芋を口に運ぶ。

「沙貴、すまんが水」

「はい兄様」

絶妙のタイミングで沙貴が満面の笑顔でコップに水を注いで差し出す。

その途端・・・後方より凄ましいプレッシャーが注がれる。

(・・・やっぱりな・・・)

俺は泣きたくなる気分を抑えて振り向くそこには

「「「「「「志貴(七夜君・兄さん・志貴様・志貴さん・志貴さま)私の分も食べてくれるよね(ますよね)?」」」」」」

予想通りの言葉で自分の弁当やらサンドイッチやらを持って、怖い笑みを浮かべているアルクェイド達がいた。






「ううっ・・・今日の昼・晩はいらないな・・・」

「大丈夫ですか兄様?無理をされ過ぎです。皆様の分を全て食べられるなんて・・・」

「ま、まあ・・・うぷっ・・・皆が作ってくれたから粗末にも出来ないしな」

空港のロビーで俺は胃袋を抑えて苦しそうにうめき、沙貴は先程から俺の世話につきっきりとなっている。

あの後、当然だが俺は全員分の朝食を食べた。

最大の難関が予想された秋葉と琥珀さんに関しては、二つを同時に食べる事で緩和させた。(秋葉のまずさは琥珀さんの料理を食べる事で味を緩和し、琥珀さんのお薬に関しては秋葉の毒で中和させた)

しかし後遺症で俺は全員分完食した直後ぶっ倒れ、沙貴が俺の介護を行うという結果となった。

さらに、

「志貴〜」

「アルクェイドさん、日本着くまでは私が兄様の面倒を見ると決まっている筈ですが」

「ですが、沙貴さん・・・」

「シエルさんお気持ちは分かりますが、帰国までは我慢して下さい」

「ちょっと!!沙貴!!」

「沙貴様それは・・・あんまりです・・・」

「あ、あはは〜独り占めは良くないと・・・」

「秋葉さん、翡翠さん、琥珀さん、元を正せば皆さんが兄様に無理を通された事が原因です。暫く反省をお願いします」

「・・・(じーーっ)」

「レンさん、あなたも駄目ですよ」

俺は半分気絶していた為、詳しくは知らないがあの後、沙貴が俺の面倒を見ると言う事になった。

よく、他の全員が納得したなと思っていると、沙貴は

「皆さんへのお仕置きです」

とただ一言そう言った。

また先程の応酬から察するに俺に近寄る事すら帰国まで禁じられている様だ。

「ぶーぶー!!沙貴横暴!!」

「それを言われるなら兄様に選ばれなかったと言って、食べる事を強制された皆さんの方がよほど横暴と思われますが」

「ううっ・・・」

「更に言いますと、兄様に全員分食べる選択肢を奪っておいて、いざ駄目となると兄様に逆の事を強制される事も・・・」

「な、なんで・・・」

「秋葉様、沙貴さんに口では勝てませんよ」

「それに沙貴様の言い分には一理あります。ここは我慢しましょう」

(勝負あったな)

理屈に関していえば沙貴は他の全員に対して明らかに一日の長がある。

おそらく預けられた先では相当の苦労があったのだろう。

再会した時も『辛い事が・・・』と言っていたからな。

それを思うとせめて俺が安心できる場所を作ってやろうと思うと同時に俺にはある考えが育ちつつあった。

そんなことを考えていると、不意に

「兄様どうぞ紅茶です」

「ああ、ありがとう沙貴・・・あれ皆は?」

「皆さんでしたら、少し離れていただきました」

見ると、俺の座っている席から少し離れている所に全員が恨めしそうにこちらを見ている。

(ははは・・・どう転んでも後で俺がとばっちり受けるだろうな・・・)

俺が帰国後受ける仕打ちについて思いを寄せていると、沙貴がふっと俺にもたれ掛かって来た。

向こうで「あーーっ!」や、「兄さん、さっさと離れなさい!!」と言った声が聞こえてきたが、今は無視すると、

「沙貴?どうかしたのか?疲れたのなら肩位貸してやるから寝ていても構わないぞ」

そう言うが沙貴は静かに首を横に振ると

「・・・日本に帰ったら・・・また離れ離れと思うと・・・」

泣きそうな声でそう言ってきた。

そうか・・・俺達は日本に帰っても屋敷でいつも顔を合わせられるけど、沙貴はそうじゃなかったんだ。

「・・・そう言えば沙貴、今も世話になっているのか?その預けられた先の人には」

「・・・いいえ、二年前に・・・今はどうされているのか知りませんし・・・知りたくもありません・・・それに思い出したくもないんです・・・あの時の事は」

「・・・ごめんな沙貴」

あの沙貴が『知りたくない・思い出したくない』まで言うことは、よほど辛かったのだろう。

俺の不注意な一言に沙貴が傷ついたと思い、謝ると同時に軽く髪を撫でてやる。

「・・・でも今は本当に幸せなんです。兄様にお会い出来たし・・・兄様の為にこの忌まわしいと思っていた力をお役に立てることも出来る。でも・・・私どんどんわがままになるんです。兄様のお傍にもっともっといたい・・・兄様を他の方に取られなくない・・・今までは少しでも兄様のお傍にいられれば良かったのに・・・際限なくわがままになってしまう・・・これでもし兄様に嫌われたら・・・捨てられたら・・・生きていられないの・・・」

そう言うと沙貴は俺の腕にしがみ付きながら声を殺してすすり泣きだした。

そんな沙貴に俺は無性に愛おしさを覚え、幼子をあやす様に頭を撫でながら

「・・・沙貴・・・お前はそんなにわがままじゃないよ。俺が子供の頃から知っているお前は本当に控えめで優しくて、俺が子供心に恋をした相手だったんだ。もし七夜が今日まで生き残ってたとしたら俺は多分・・・いやきっとお前と子供を作っただろうな」

「・・・に、兄様、そんな・・・」

俺の言葉に沙貴は真っ赤になって俺を見る。

「それに・・・」

そこで一旦区切ると俺は殺気すら含めた視線でこちらを睨んでいる皆に苦笑すると、

「お前がわがままになったら、向こうの皆は全員超がつく程のわがままになっちまうよ・・・だからな、俺といる時だけは少し位わがままになったって構わないからな」

「ほんとう?兄様?」

「ああ」

「うれしい・・・志貴お兄ちゃん」

「ふふっ・・・久しぶりだな、その呼び方・・・ああそうだ、沙貴」

「はい?」

「日本に帰ったら家・・・遠野の屋敷に来ないか?少し話があるんだ」

「えっ?・・・そ、その・・・お話ですか?」

俺の言葉に沙貴はなぜか首筋まで真っ赤になって・・・何かぶつぶつと呟き始めた。

・・・な・・・わた・・・まだ・・・

「??まあ・・・いいか」

結果としては全然良くなかったのだが。

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